<莉子のヒストリー>

ここでは、私が占い師を目指すことになった動機、いきさつを説明したいと思います。
ただここに限っては、内容的には重い内容になるかと思います。ですので、
重いのは勘弁という方は読み飛ばしてくださって結構です。



私は、二十代半ばの頃に、大病を患ったんですね。その経験は

当時の私にとってかなり衝撃的で辛い経験だったんです。

一時は本気で死を考えました。今思えばこの経験は、

私にとっての大きな人生の転機であり、人生や人間というものについての

根源的なことを考えるために、必ず通らなければならない道であったと感じます。

ですが、当時の私は、なぜ自分だけこんなに辛い目に合うのか?私がいったい何をしたというのか?と

毎日がなぜ?なぜ?なぜ?の連続で、自問自答の日々でした。人生がとても虚しく思えたし、神様など

この世にはゼッタイいないと感じていました。



そして私は、実際にたぶん死の直前まで片足くらいは行っていたんですね。

歩けなくなるくらい衰弱し、病院に運ばれたときに医者から言われた言葉は、

「なんでこんなになるまで来なかったの?あと一週間放置してたら、死んでたよ」

というものでした。私は、その頃人生の意味がまったくわかっていなかったし、

また、自分の存在理由、存在価値について考えたことすらなかった時期でした。

ですから、こんなになってまで生きていても仕方ない、と思っていたのです。



そのどん底から這い上がるまでには、様々なことがありました。人間の中の負の感情といいましょうか、

そういった感情を当時、これでもかというくらい味わったのですね。人生に絶望しているわけですから、

やはり周囲には同じような波長を持った人が集まり、また私自身もどこか他力本願で、何かにすがれば

病気が治るのでは?という依存心があったと思います。そういった背景から、人に騙されるだとか、

裏切られるだとか、人を恨みたくなるできごと等の繰り返しでした。私は、当時のことを負の感情の

フルコースと呼んでいますが、負のフルコースを経験したと(いうかさせられたとも)感じます。



今後どう生きていったらよいかわからなくなった私は、もう、こうなったら何が何でも、この出来事の意味

生きる意味、人生の意味を絶対見つけてみせる、そうでなければ、生きていても仕方がない。

と思うようになったんです。その日から私の自分探求、人生の意味追求の日々が始まりました。

精神世界の本も読み漁りましたし、また、時にはすすめられるまま宗教団体にも顔を出しました。

そして良いときけば、霊能者でも気功師でも、誰でも会いに行きました。

ですが、そのどれもが私が知りたい核心の部分が曖昧であり、

納得いく答えを得ることができなかったのです。



もう、無理かもしれない。やっぱり生きてることに、意味なんかないのかもしれない。

とあきらめかけたとき、ある本と出会いました。新聞の広告に本の宣伝がありました。

有名な作家が帯を書かれていたものです。私はその本の写真をみた瞬間これだ!

私の求めてることに対する答えは必ずこの本の中にある!と

中身も読んでないうちに確信しました。

その広告をみた日、すぐさま本屋へむかったことを昨日のことのように思い出します。


そして確信は本当でした。

本には、私がずっと知りたいと求めていたことが明確に書いてありました。

その中には、私がこれまで見聞きしてきた、他力本願的な、拝めばよくなるだとか、

何かすればうまくゆくといった、都合のよい理論は一切書いてありませんでした。

だけども様々な負を経験した後だからわかった部分があります。

真実はそのようなご都合主義では決してなく、すべては

自分主体である、ということを。その本が、

私とスピリチュアズムとをつなぐ最初の出会いだったのです。



その後私は、本の著者ののカウンセリングを受けました。いまはもう、

有名になった方でおそらく大抵の方は知ってるスピリチュアルカウンセラーの方です。

私は、そこで自分の過去世のこと、そして、この世で学ぶべきテーマについて真剣に聞きました。

そして、その結果、これまでの疑問、納得いかなかったできごとにすべて納得ができ、また

すっと先生のいうことが、腹に落ちたのです。



病気にも意味があったということや、自身の今世での学びのテーマ。

それをきちんと把握できたのです。

その後私は、カウンセリングで言われた内容を噛み締め、また、新たにスピリチュアズムを学習し、

人生の意味、価値、この世の法則を知りました。私は、ここではじめて、人生は虚しいという気持ちや、

漠然とした不安から解き放たれたのでした。


私がスピリチュアズムと出会ったことは、人生という旅をしていく中で、

人生の地図を手にしたのと同じだと感じました。人によって、この人生の地図はいろいろで、

たまたま私はスピリチュアズムがしっくりきたということです。

これまでひたすら暗闇の迷路をさ迷っていた私の心に、一筋の光がパーッと差し込み、

手には地図を持つことができやっと自分の人生を真剣に生きるという決意と覚悟ができたのでした。


そこからが、私の第二の人生のスタートだったのです。

私は、大病を通じて人はみな、助け、助けられ生きている、

一人で生きているわけでは決してない。私はたくさんの人に助けられ、生かされ、

生かしてもらっているのだとハート、魂で理解することがでたのです。このことで、今

後どのような人生にしていくのか?

という自らに対する問いに対し、ひとつの答えが出たのです。


それは、これからは、自分という存在を使って、世の中のため、人のためになることをするべきだ。

人のために何かをし、世の中に貢献できる生き方をしよう。それが正しい生き方だと思ったし、

また私が生きる意味であり理由だとも感じました。

これで指針がはっきり決まりました。

では、貢献といって私に何ができる?そう思ったとき、私には貢献できるものが

なにもないということに気付いたんです。そこから貢献できる何かを探す旅が始まりました。

自分に向いていること、特性を活かしていく必要性を感じました。

向いてそうなこと、好ましく思うことを見つけては片っ端から体験しました。


そしてたどり着いた職業が占い師であったということなんです。

何をすればいいかと、自問自答している時期に、再度スピリチュアルカウンセリングを受ける

機会がありました。ガイドのメッセージを聞いたのです。

その時のメッセージにヒントが含まれていました。人には何度も過去世があるわけですけれども、

私も遠い昔の過去世で占い師をしていたという話が出たのでね。ギリシャで占星術をしていたと、

その日のメッセージには表れていました。

そのことから、スピリチュアルカウンセラーの方のアドバイスで、占いの世界に入れば素質があるから

伸びるし、元々インスピレーションが鋭いので、合ってますよというアドバイスを頂いたのでした。


後にこのメッセージは、実際の私と符号する点が多く、どんな師匠についても、占い師は適職で、

とても向いていると言われることばかりでした。

私自身は元々、占いに頼るタイプではありませんでした。

占いは、たまに友人に誘われ鑑定してもらうくらいのもので、得に占いマニアというわけでもなく、

それまでは職業として考えたこともないジャンルのものでした。

ですが、貢献する何かは、こうでなければいけないという観念が一切なく、

どんなジャンルでもかまわない、自分の適性にあったもの。という基準で選んでいたので、

占いというジャンルを選択することに躊躇はありませんでした。

確かに言われてみれば、昔から、やたらと人に相談を持ちかけられることがありましたし、

また、私自身も、相手のホンネを引き出すのが得意な面がありました。


そういった特性を分析してみれば、確かに占い師という職業は、

私に合っているかもしれないと思ったのです。

このことが、占いを本格的に学ぶことになったきっかけです。それからは占い学校にも通ったり、

弟子入りしたり、独学したりしてここまで進んできました。占い師になった現在でもなお、

さらにレベルの高い技術を習得したいと思い、尊敬できる中国人の先生について、

さらに占いの研究を続けているところです。以上これらが、私が占い師になることになった流れです。


ひとつだけ、誤解のないよう付け加えたいのですが、私は、人生の指針や判断に、

主にはスピリチュアルや良心に従うという観念を持っていますので、鑑定でのアドバイスなども、

自然とスピリチュアルを元にしたアドバイスであったりする部分があります

(得に意識してはいるわけではりませんが)

ですがこれはあくまでも、私が信じるものが、自然と発露したということであって、

私自身に霊能力がある、ということでは決してありませんし、

またヒーリングができるわけでも、オーラが見えるわけでもありません。

私の職業はあくまでも占い師です。ですから占いの技術でクライアントの方のお役に立つ、

ということが中心でありますので、そのあたりはくれぐれも誤解のないようお願いいたします。


最後に、なぜ私がわざわざこういった経験をここへ書いたかという話をします。

占い師という職業は、いわゆる偏業で特殊な職業です。その世界全体がベールに包まれていて

とても怪しい面も少なからずあります。

こういう特殊な職業を選択する場合、何が大事かと考えると、はやりそれは、

その本人の「動機」が一番大事なのではないか?と思うのです。

占い師は資格はまったくいりませんから、それこそ明日からでも

誰でも開業できます。ということは、不純な動機を持って、

占い師になる人もいないとも限らないのです。



そして、その不純な動機かそうでないか?という部分をみれば、

その占い師が信用に値する人物かどうかが

判断できるというものです。今回自分がホームページを開設するにあたって

様々な占い師のホームページをみさせていただきました。

そこでひとつ思ったことですが、自分が占い師になろうと思った動機を明確にしている

占い師は非常に少ないのです。明確にしていないからといって、怪しいとは決め付けられませんが、

そこを明確にしていかなければ、不純な動機ではじめたことなのか、そうでないのかが、

判断のしようもないのです。

誰に相談に行くか?吟味する時に、なぜ、占い師という特殊な仕事を選択したのか?

は選ぶ側が気にするべきポイントでないといけないですし、また、

そこが信用できるか否かを判断する大きな材料となると思うのです。

怪しい占い師と信用のおける占い師を、これからははっきりと、線引きしていく必要を感じます。

占い師という職業は、人の心を扱う職業です。だからこそ不純な動機でもって、

相手の心をコントロールするのは、簡単なことなのです。

不純な動機で占いを利用する人間と、正しい占いをしている人間とを、はっきりと別けていく

ためにも私は、自らの動機、きっかけを公表する必要があると思ったんです。

これだけオープンに記していれば誰がみても、

明確です。ですからすべてをここに記したということです。

長文、重い内容を読んでくださりありがとうございました。